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とりあえずかけそば一丁

アニメとか映画とか気になったものについて

マイベスト友達エピソード5選

ぎけんさん(@c_x)が企画されているので便乗しました。

つまらなかったらごめんなさい><

 

◆ マイベストエピソードとは?
「作品としてはベストに選ばないけど好きな話数」をコンセプトに、アニメ作品の好きな話数を選出し紹介する企画です。
※ コンセプトは強制ではありませんので気楽に考えてください
◆ マイベストエピソードのルール
・ 劇場版を除くすべてのアニメ作品の中から選出(配信系・OVA・18禁など)
・ 選ぶ話数は5~10個(最低5個、上限10個)
・ 1作品につき1話だけ
・ 順位はつけない
・ 自身のブログで更新OK(あとでこのブログにコピペさせていただきます)
・ 画像の有無は問わない
・ 締め切りは8月末まで

 

ということらしいです。(いちじろーさんのブログから孫コピペしました)

いちじろーさんの雨の日エピソードが面白かったので自分は友達に着目して5選しようと思います。

 

友達に着目した理由ですが、先日このような本を読んだのがきっかけでした。

『縁の切り方 絆と孤独を考える』 中川淳一郎著 小学館新書

https://www.amazon.co.jp/dp/B00QV5QFMA/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

自分は基本的には「ネット上でも他人とはなるべく仲良くしよう」と考えていたので、著者の「人生は有限、縁がある人間は山程いるんだから、必要なければさっさと切るべき」という考えは新鮮でした。

また、反省しているのですがちょっと前にSNSでやらかしてしまった後で、ネット上の人間関係、引いてはこれからの友達付き合いの在り方について考えていたところだったので、「他人の考えを変えることはできない。自分が変わるほうが余程楽」というのも心に刺さるものがありました。

 

余談ですが、先日Twitterのアカウントを削除した原因の大部分は時間のコントロールができていないことにあるのですが、この本に影響されてSNSの使い方を考えさせられたというのも少なからず影響しています。

 

というわけで、自分の交友関係を見つめ直すためにもこの機会に「友達・交友関係について考えるときに観たいアニメ」をまとめておくのは意味があると思い今PCの前に向かっている次第です。

 

前置きが長くなってしまいましたが、以下が本題です。友達にまつわるエピソードを5つ総評とコメント含めて紹介します。少し長めかもしれませんが最後まで読んで貰えると嬉しいです。

 

がくえんゆーとぴあ まなびストレート!第9話 わたしたちのうた

脚本:金月龍之介 絵コンテ:平尾隆之 演出:三浦貴博 作画監督:古川英樹

 

「友達」をテーマにした作品として真っ先に思い浮かぶのがこの作品です。

2007年は僕が最もアニメを観ていた時期なのですが、その中でも一番思い入れのある作品です。それ故、どのエピソードも「ベストエピソード」と言ってしまいたくなるのですが、「友達」というテーマをストレートに打ち出したこのエピソードを選びました。

 

あらすじ

「友達から仲間へ」をテーマに、学園祭復活へ向けて奮闘する生徒会メンバーだったが、署名は一向に集まらず彼女らのやる気も徐々に下向きに。夏休み中は活気に溢れていた生徒会室も今ではみかんが一人で日誌をつけるだけの空間になってしまっていた。

そんな状態の中、PCの前で悶々としていたのが新聞部員の桃葉、彼女は

「嘘は書けねぇっすよ…」と一人ごちる。

生徒会のメンバーを助けてあげたいという気持ちはあるものの、新聞部員の矜持が提灯記事を書くことを許さないのだ。そこで、彼女は生徒会メンバーをもう一度奮い立たせるため、ある行動を取ることを決心する…

 

コメント

まなびストレート!って話の序盤は「友達から仲間へ」をテーマに友情の輪と仲間意識を大きく広げていく物語なんですけど、8話、9話で初めて彼女らは「別のコミュニティに対して干渉することの難しさ」を認識させられるんですよね。一緒にやったら絶対楽しいという自分の確信も揺らいでしまい、気づけば自分たちの輪も崩壊寸前になってしまう。そのときに桃葉がある仕掛けを使って「輪の原点」を気づかせてくれる。だからこの話は何回観ても感動して涙が溢れてしまいます。泣いた後で冷静になって、僕は「まなびたちのいる側」では決してなくて、多分新しい制服も校歌もなんとなく受け入れる方だと自覚して悲しくなったりもするんですけどね。

 

 

ふしぎ星の☆ふたご姫Gyu! 第16話 トーマの真相☆本当の仲間

脚本:土屋理敬 絵コンテ:佐藤順一 演出:奥野耕太 作画監督:若山政志

 

友達や仲間って言うのがテーマになったとき、必ず「同調圧力」というか「皆でこの目的を達成するのが本当の仲間!」とか「絆」みたいなのがどうしても雑音で紛れてくるんですよね。まなびストレート!はキャラクターの関係性が上手く働いているので「集団としての仲間」ってより「個々人が集まったら自然に輪になっていた」という感じで気にならない方だと思うんですけど、中には気になる人もいるかもしれません。

 

この「絆」の嫌な部分が結構出てしまいやすいのが朝の女児アニメ、というか主にプリキュアだと思うんですよね。僕は、全て観ているわけではないですが、巨悪に仲間で立ち向かったり、弱者を救ってあげたりする構図は「絆」的なものが強調されて見えるのかもしれません。

 

そんな「絆」「同調圧力」に対して、ユルさで全てをカバーしただけでなく、朝アニメでも類を見ない傑作に押し上げてしまったのがふしぎ星の☆ふたご姫Gyu!という作品だと思います。

 

あらすじ

自分の過去を題材に演劇を行うことを提案するトーマ。彼は「友情が素晴らしいこと」を伝えたいと皆の前では言うが、本当のトーマの過去は友に裏切られたショックと憎しみに満ちていた。しかしながら、ふたご姫と練習を重ねる内に彼は、いつの間にか自然に笑えている自分に気づく。かつての憎しみを思い出すべく、本番で急に台本にない台詞、すなわち自分の本当の気持ちを語り始める彼だったが…

 

コメント

友達に裏切られたことがショックで前が向けなくなった人の話。この話の本当に素晴らしいところは、ふたご姫はトーマが立ち直るきっかけを与えただけに過ぎず、本当はトーマの周辺には彼を気遣ってくれる友達がいるんだということに彼自身が気づけるってところにあると思います。ハードな現実世界を生きていると嫌な人物と出会ったり、好意を抱いている人物と別れてしまったりすることもあると思うんですけど、そういうときに自然に寄り添ってくれるファインとレインに元気を貰いたいです。

 

 

たまこまーけっと 第11話 まさかあの娘がプリンセス

脚本:吉田玲子 絵コンテ:山田尚子 演出:北之原孝將 作画監督池田晶子

 

たまこまーけっとは歴代京アニ作品の中で最も好きな作品です。けいおん!も好きでしたが、空気感を継承しつつさらに昭和っぽさやホームドラマ、そういう暖かい雰囲気を作品に閉じ込めた、親子丼みたいな作品だと思っています(鳥だけにね)。

 

あらすじ

チョイから「あなたが王子のお妃様です」と告げられたことをきっかけに、たまこの周囲は大きく変化していく。たまこ本人は、そんなことお構いなしとこどもの頃から集めていた商店街のスタンプカードがいよいよ溜まることへ期待をふくらませているのだが…

 

コメント

この話、ベストに入れておいてなんですが、実は観るといつも背筋がゾワッとして嫌な気分になるんですよね。その理由は、前半のたまことその周りの人々の会話が全く成り立っていないからです。11話まで、基本的にたまこは周囲と良好な関係を気づいているのですが、この話で描かれるディスコミュニケーションによって、今までの人間関係はあくまで商店街の集団から奉られている非対称な関係であったことが暴露され、更にその非対称性は友達の輪にまで及ぶのが見えてしまうんですよね。

このような関係性が変わってしまうことの不安感って同監督作品であるけいおん!の番外編「冬の日」などでも描かれているのですが(冬の日は普段の関係と異なる状態に置かれていることによる不安)、初めて見せるたまこの苛々した感情を含め見事に描き切っているのがこの11話だと思うので選出しました。

実際の友人関係、人間関係でも、ふとしたきっかけでコミュニケーションのバランスが崩れたりすると思うんですよ。そういう人と付き合うことで必然的に生まれる怖さを忘れないでいきたいですね。

 

 

ジュエルペットてぃんくる☆ 第42話 グランプリ開幕でドッキ☆ドキ!

脚本:中村誠 絵コンテ:石踊宏 演出:徐恵眞 作画監督:烏宏明、金城美保、野道佳代、仁井宏隆

 

ジュエルペットてぃんくる☆が神作品であることは最早周知の事実ですが、その中でどれを選ぶかは迷います。オールタイム・ベストを選ぶのなら第1話「ルビーとあかりでドッキ☆ドキ!」、第17話「虹のシュートでドッキ☆ドキ!」、第33話「夢に向かってドッキ☆ドキ!」、第9話、第52話、第30話…とやっぱりキリがないんですけど、友達という観点で悩んだ末、こちらを選出しました。

 

あらすじ

ジュエルスターグランプリがいよいよ開幕を告げ、魔法学校の面々が闘志に燃える中、ミリアは一人だけ浮かない顔だった。なぜなら彼女だけジュエルスターが11個しか集まっていなかったからだった。グランプリ会場では不安を見せないように明るく振る舞うミリアだったが…

 

コメント

出会った頃は自己中心的でわがままばかりだったミリアも物語を経てあかりや沙羅と出会い、成長して大人になりました。そんな彼女が友達を敬い、信じて送り出す姿には涙が溢れてきます。ミリア自身の成長物語としても十分に楽しめるこの42話ですが、「友達」という観点で考えると「今まで一緒に頑張ってきた仲間を送り出す姿」に友達として取るべき理想の姿が見られます。何で理想の姿かと言うと、上述したように「同調圧力」や「絆」の引力って1対1だと「共依存」になってしまう危険性があると思っていて、例えば「応援することによって自己満足を得る」的な悪質な関係に陥りやすいと思うんですよ。

ミリアが素晴らしいのは、自分自身はゲートの外で一歩引いて、アイテムを託すことで信頼を示していることなんですよね。自分の悲しみを他者に背負わせない、そういう強さを僕も身に着けたいと思います。

 

 

電脳コイル 第26話 ヤサコとイサコ

脚本:磯光雄 絵コンテ:磯光雄 演出:安川勝、木村延景 作画監督井上俊之

 

友達をテーマって考えたときに、まなびストレート!の次に思い浮かんだのがこの作品でした。SF、アクション、青春、そしてファンタジーと色々な切り口で楽しめると思うんですけど、ヤサコとイサコという対照的な2人の関係というのは物語全体を通して描かれ続けるので物語を理解する上で重要な切り口だと思います。

 

あらすじ

この作品はネタバレしない方が楽しめると思うので割愛します。

 

コメント

今まで4作品通じて、様々な友人関係を見てきたと思うんですけど、ヤサコとイサコの関係って今までのどれよりもきっと強固で長続きしていくと思うんですよね。人生の岐路に立ったとき、迷ったとき、悩んだとき、逢いたくなる相手、それがこの2人の関係だと思います。やっぱり、心の闇を共有できたからこそなのかなと思います。

人生にこういう関係の人が一人でもいれば、もっと充実したものになるのかなと思います。

 

 

まとめ

こんな感じの5選になりました。なんだかんだ誰が観ても面白い話を選んでしまったかなぁという気持ちが強いですね。電脳コイルは自分の中でまだまとまってない部分がとても多いのでもう1,2回見直して改めて感想をしっかり書きたいなと思います。

 

とにかく最後まで読んでくださった方々、企画してくださったぎけんさん、ありがとうございました。

 

 

Twitterやめました

こんばんは、お久しぶりです。

 

Twitterやるくらいなら論文読めよってことで、Twitterの(ついでに顔本の)アカウントを停止しました。これを機に本を読むとか勉強するとかインプットの時間を増やしたいと思います。ブログは相変わらず気が向いたときに書きます。

 

とりあえず生きているので、関西勢の方、機会があれば飲みに誘ってください。

 

 

 

 

なんもアニメの話しないのもアレなので、最近見てるアニメの話をちょろっと書きます。

 

最近は大沼心監督作を観ようというモチベーションのもと、

・ef

・あんハピ

バカとテストと召喚獣

六畳間の侵略者!?

辺りを見ています。

あんハピはこの中では1番新しい作品ということで安定感がありキャラクターも可愛いです。1話は絵コンテ・演出が監督本人ということもありテンポの良さ、カメラワーク、演出のメリハリなどどこをとっても最高です。

 

六畳間の侵略者!?大沼心監督というより実質玉村さんの作品って雰囲気が強いですね。つまらなくはないですが、ちょっと平凡。

 

この中で地味に面白いのがバカとテストと召喚獣で、結構前の作品ですが今でも全然見れますね。ゲームっぽい演出とかデフォルメの仕方とか止め絵の使い方とか大沼心らしさが溢れてる良作だと思います。

 

efは言わずもがな。

 

次は落第騎士の英雄譚でも観ようかと思います。

 

マンガの実写化はクソとかほざく野蛮人の目に映画『バクマン。』を流し込みたい

本日2度目の更新となります.本日目黒シネマにて映画『バクマン。』を観てきたので忘れないうちに感想を書こうと思います.

 

 

東京はなんといっても名画座が多いですね.

miwaku-meigaza.com

名画座の魅力はなんといっても値段の安さです.シネコンで最新作を観ようとすると大人1800円,学生でも1500円はとられるので貧乏学生としてはなかなか敷居が高いです.ところが名画座の場合,最新作は上映されないものの,独自のプログラムで組まれた旧作や准新作が2本セットで1200円で見れてしまう,半額以下というなんと良心価格!しかも完全入れ替え制ではないので面白かったら2回,3回と居座って見続けることができてしまいます.

 

ということで前々から東京に帰省したら名画座へ行こうと心に決めていたのですが,本日は目黒駅から徒歩5分の目黒シネマに行ってまいりました.

www.okura-movie.co.jp

目黒シネマでは週替りで2本の作品を上映しているのですが,先週今週と上映されていた作品がこちら,

bakuman-movie.com

www.amazon.co.jp

でした.同時上映されている『トキワ荘の青春』は本作『バクマン。』の監督である大根仁さんが「セットで観たい作品」として自らチョイスされたということで,『トキワ荘の青春』を意識したセリフや美術があったようです(自分はバクマン。トキワ荘の順で観たのではっきりとはわかりませんでした)

 

更にバクマン。の公開に合わせて待合室が完全に集英社仕様になっていました!

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漫画家さんが実際に使用されているペンや大根監督へのメッセージノートなんかもアリ

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気合入ってる!!!

そんなこんなで見る前から結構テンション高かったのですが,実際に観てみたら作品自体も非常に面白かったです.

 

まずストーリー.漫画家の叔父さんを持ち絵が抜群に上手いサイコー(佐藤健)と絵は天才的に下手だけど文才があるシュージン(神木隆之介)という2人の高校生がタッグを組み,同じく天才高校生漫画家であるエイジ(染谷将太)を「友情・努力・勝利」によって打ち破る,という極めて王道の物語です.原作未読につき比較はできないのですが,聞きかじったところでは登場人物の数やエイジの扱いが異なるようです.おそらく2時間という尺と,実写化で無理のない展開,というのを考えた上での変更だと思うのですが,これが(おそらく原作をそのままダイジェスト化するよりも)功を奏しており結果として2時間のドラマの組み立てが非常によく出来ていたと思います.

 

話のテンポが良く緩急の付け方も見事だと思います.2時間以上の映画は中盤で中だるみしてしまうことが多いのですが,本作ではそれを解決するために「手塚賞への応募」,「連載決定まで」そして「連載開始後からエイジに勝つまで」と山を3つ用意し,それぞれを繋ぐためにヒロインとのやりとり,叔父さん(宮藤官九郎)の思い出シーン,ライバルであり仲間でもある他の漫画家たち,そしてマンガ編集者の視点を持ち込むことで話の繋がりをスムースにし「同じ山場構造の繰り返し」にならないよう工夫されていると感じました.

 

また,王道ストーリーを支える人物の作り込み,人物を演じる役者陣の演技も素晴らしかったです.

まず主人公の2人組,神木隆之介は『桐島部活やめるってよ』に続き「オタク系高校生」の役ですが引き続きドハマリしてました.彼がマンガの情熱を語るシーンやネームを考えるシーンはオタクっぽさがよくでていて非常に良かったです.実際相当のマンガ好きらしいとかで,マンガのネタを考えるシーンはアドリブでお芝居していたみたいです.また,神木君は『サマーウォーズ』で既にその才覚を表していたのですが声質が滑らかで綺麗なんですよね.だから彼がナレーションするシーンや早口でまくし立てるシーン,全てが聴いていて心地よかったです.

佐藤健は表情がホントいいですね.ヒロインと両想いと分かったときの変顔から,準入選で明らかに満足していない顔,徹夜で死にそうなときの雰囲気とか彼の顔によってサイコーのキャラがかなり深められたのではと思います.特に,佐藤健は「目」が素晴らしいですね.編集長とエイジを睨みつけるときの「目」は怒りや闘志,熱意といったものがないまぜになった素晴らしい意志のある眼差しでした.

一方彼らに負けず劣らずキャラ立ちしているエイジを演じた染谷将太は複雑というか玄妙というか,「コイツ何考えているのかわかんない感」を表現するのが非常に上手ですよね.佐藤健の「目」が一本筋が通った中にある複雑さだとすると,染谷将太の「目」は一言で何か言い表すのができない融け合った複雑さなんですよね.染谷将太の演技を観るのは『寄生獣』に続き2作目なのですが,『寄生獣』の主人公も元々もっていた精神が寄生獣との共生によって変質していく様子を上手く演じられてましたし,非常に素晴らしい役者さんだと思います.

叔父さん役の宮藤官九郎もいいですね.「叔父さんはなんでマンガ描いてるの?」に対する「うんこ」の雰囲気とかマンガを描いてるときの顔とか,マンガ家としての説得力を感じました.

このように素晴らしい役者陣ですが,特に個人的に好きだったのが主人公たちの担当編集である服部さん役の山田孝之です.実はこの服部さん,本作においては主人公2人に次いで最も重要なキャラクターなんですよね.初登場では徹夜作業明けで髪ボサボサ,「高校生の持ち込みかよ」と機嫌悪そうで第一印象最悪,主人公たちと顔を合わせても舐めた雰囲気なんですが,しかし実際に原稿を「拝見して」的確に評価を下すところはまさに「編集者」然としており高校生に対する「大人」である.そんな彼が主人公たちを陰に陽に支え連載1位まで導いていく姿はマンガにおける裏の作者である編集者をこの映画が大切に描こうとしているのだと感じさせてくれます.

山田孝之さんは本作では髪が長くてメガネも掛けているのであまり表情は明瞭に見えないのですが,その分手の動きや発声の仕方で上手に表現されていたと思います.

 

ストーリーとそれを支えるキャラ,役者陣の演技について書いてきましたが,本作の最大の魅力は「マンガすげー」と思わせる美術と演出です.

まずOPのマンガを描くペンの音が素晴らしいですね.そこから集英社の前に立つシーンに移りジャンプの歴史をナレーションで振り返るのですが,そこで歴代ジャンプ作品のコマやページが浮き上がり,移り変わりしていくシーンは「すごい」としか言えないです.少しでもジャンプに触れてきた人なら否が応でもテンションが上がらざるを得ない演出ですね.

他にも監督の「マンガを描くすごい演出」は随所で見られます.シュージンがネームをひらめいたときのシーンではネームがメガネに写っていたり,サイコーがマンガを描くシーンではペンの心地よい音に合わせてコマがシーケンシャルに移動していったりと「リズミカル」に表現されています.一方でエイジ君のマンガを描く雰囲気は暗い部屋で書道家のようにダイナミックにペンが振るわれており,実際のマンガの線も「ジャンプマンガだ!」と叫びたくなる力強さを湛えていると.

本作で登場するマンガそのものもすごいクオリティです.殆どは漫画家の卵さんが描かれているらしいですが,物語上で重要なものについては小畑先生が実際に描かれているらしく,その「画の説得力」は半端ないですね.特に主人公2人の画がどんどんレベルアップしていく様はマンガ素人が見ても一目瞭然で「マンガやべー」と思わずにはいられません.

マンガを描くシーンとは逆に,物語中盤での「シュージン・サイコーVSエイジ」のバトルシーンでは「役者の動きがマンガ的に切り取られる」という演出がされています.このシーン,これまでとはうって変わっていきなりデジタルな雰囲気に場面転換するのでかつて映画『UDON』におけるキャプテンUDONシーンを見てしまった僕としては「これやべーやつかも」と一抹の不安がよぎったのですが,そんな不安を吹き飛ばす「マンガかっっちょいい」シーンになっています.神木隆之介佐藤健は『るろうに剣心』でも共演しているのでこのアクションも息ぴったりですね.

 

しかし本編中でこんだけマンガを使ったかっこいい演出が頻出するのに,一番マンガ好きが高まる演出は最後のエンドロールに隠されていたりします.あれ,ジャンプ好きなら泣いて喜ぶ演出ではないでしょうか?

 

背景美術やセットについては,主人公2人の仕事部屋やジャンプ編集部の作りが「マンガ家の部屋」って感じが出ていました.編集部の部屋は実際のジャンプ編集者の方が驚かれるくらい緻密に作り込んであるらしく,その辺りの美術も物語の説得力を増すのに一役買っていたのだと思います.

 

このように,本作『バクマン。』は2時間という尺でどう見せるかを考え尽くした王道のストーリー,それを支える役者陣の演技と美術,そしてマンガ好きなら否が応でも高まる「マンガかっこいい」演出と,観客を楽しませる作り込みが素晴らしいですね.

だからこそ見終わった後には「日本のマンガすげー」と思わずにはいられなくなってしまう,そんなマンガ愛溢れる作品に仕上がっています.

 

少しでもマンガに触れてきた人,何か目標があってそれに打ち込んでいる人,目標を見失った人,そういう人が見たら元気が出る作品だと思います.

マンガの実写化はクソとか毛嫌いしないで,是非鑑賞して欲しい作品です.

映画『オデッセイ』は全理系が刮目すべき名作である

1週間ぶりの更新です.今日はアニメの感想ではないので需要がなさそうですが,すごい面白かったのでしっかり感想を残しておこうと思います.

 

きっかけはIMAX

自分は現在京都在住なのですが,最近京都にもとうとうIMAXが上陸したのです.

IMAX® || TOHOシネマズ

 

これはもう行くっきゃない!ということで,人生初IMAXを堪能しようと思ったわけです.

そこで選んだ作品が,表題の『オデッセイ』(原題:The Martian,火星人)だったのです.というか今IMAXで上映しているのが他にSTAR WARSしかなく,特にファンではなかったので実質一択だったわけですが(;・∀・)

 

とにかくそんな軽い理由で選んだわけで,後から#火星DASH村という感じで盛り上がっていたことを知りました.

corobuzz.com

結果としては前情報なしで行ったのはかなり正解でしたね.先入観なしで見れて非常に良かったです.後で詳しく説明しますが,個人的にはいわゆるDASH村的な前半よりも後半の展開のほうが感動的だと考えているので(といっても特にDASH村に詳しいわけでもないので事実誤認がある可能性も).

ただ,最近映画館で映画を観る人もかなり減ってきているみたいですし,STAR WARSのようなシリーズものではない作品がこのような形で盛り上がるのはすごいことだと思います.実際本作は大作がひしめく中でも一番のヒットを記録したみたいです.

火星DASH村!映画『オデッセイ』が2016年公開の洋画作品初の100万人突破! - AOLニュース

 

というわけで既に盛り上がっている本作を改めて自分が語る意味はあるのかという問題もあるのですが,1人の理系学徒として他では語られていない部分について何か残せればいいいかなと思います.

 

IMAXの映像について

初めにIMAXやら3D表現やら映画本編ではない部分について.

まず断言できるのは,この作品「断然IMAXがオススメです」ということ.

本編内で度々映される火星の壮大な風景,その雄大さ,優美さ,それと対比されるマット・デイモンの孤独感はIMAXの大画面でこそ堪能できると思います.

3D表現については,土砂の粉塵が飛び出してくる演出などがさりげなく,且つ迫力もあるといういい塩梅になっており「べろべろばー」的なびっくり3D演出ではないのが好感が持てました.個人的にはヘルメットを被って船外活動しているときの主観目線でデジタル表示が浮き上がっている表現が,自分が本当に今火星にいるような気分にさせてくれて最高でした.

また音響も素晴らしいですね.重たいものが落ちるときのドシンという音や粉塵がぶつかる音など足元から音が聞こえてくるのが3Dと相まって非常に迫力がありました.

これら1つ1つの表現がさりげなくかつ丁寧に作りこまれているので,2時間半集中力欠けることなく映画に没入することができました.

少なくともこの作品,自宅のPCモニターで鑑賞してたらもっと低評価をつけていたと思います.IMAXではなくても是非映画館で観て欲しい作品です.

 

ストーリーについて

※ここからネタバレが入ってきます

 

ストーリーについては皆さん御存知だとは思うのですが,有人探査船で火星に調査していた6人の内の1人,マット・デイモン演じるマーク・ワトニーが1人取り残されてしまう.そこからどうやって火星で生き残り,地球へ生還するかという話です.

本編は大きく分けると2パート構成になっており,火星で生き残る手段を模索する前半パート,地球へ帰還するための手段を模索する後半パートです.

 

前半パートは先程書いたようにDASH村的な感じになっており,火星という人類,というか生命に全く優しくない環境でどうやって水や酸素,食料といったライフラインを確保するかということを中心に描かれています.ただこの食料を確保するというくだりは結構短いので,本家DASH村的な火星での農作業を期待して観に行くと肩透かしを食らうかもしれません.その辺りはこちらでも言及されていました.

映画「オデッセイ」感想!前半は火星DASH村、後半は壮大なSF映画だった! - カズログ

 

後半パートは,マークがNASAとの交信に成功したことから,前半パートのマーク1人の物語からNASA本局,ひいては中国をひっくるめた科学者たちの物語にシフトしていきます.つまり火星に取り残されたマークを世界の科学者たちが総出で助けるというサイエンティストの駆け出しとしては胸躍る展開になっています.

尚この話,一部では中国に媚を売っているという話があるみたいですが,日本人が一切いない辺りにむしろ僕はリアリティを感じてしまいます.

www.news-postseven.com

少し未来を考えたときに,米国側からして軍事事情が不透明なロシア・中国,その中でも軍拡に熱心な中国が宇宙空間へ打ち上げるための動力を隠し持ってるって十分ありえる話だと思うんですけどね.そんなことより日本人はブレードランナー時代から代わり映えしない「日本描写」を改善する努力をするとか,ハリウッドで活躍する日系の俳優がいないこととか,日本の宇宙開発を初め科学事情が完全にアメリカに立ち遅れていることを問題視するとか考えるべきことが一杯あると思いますけどね.

 

本作の醍醐味は徹頭徹尾貫かれる「科学精神」にある

本作の魅力ですが,1サイエンティストの端くれの自分としては本作の「科学精神」に痺れました.

まず主人公のマーク・ワトニー,彼は一人になった火星で宣言します「地球の科学力を見せてやる」.このステートメントは彼自身が科学者であること,彼自身の強靭な精神,ポジティブな姿勢を表現していると同時に「この作品は気合や根性といった精神論ではなく,純粋に科学の手法を用いて解決します」という作品の姿勢の提示にもなっています.

そして実際に彼は「科学的手法」を用いて問題の1つ1つを解決していきます.その表れの1つが「徹底的な数字表現」です.彼は初めに,残っている食料の確認,次の探査船が火星にやってくるまでの時間の確認を始めるのですが,全てについて具体的な数字が表され,それは作品の最後まで貫かれています.この数字が表すものは2つあり1つは「根性論の排除」,もう1つはそれと対極にある「科学的な問題設定」です.数字で表すことによって「気合や根性で乗り切る」という観点を排除し,問題を科学的に捉える役割を果たします.例えば食料が300日分しかないけど次の探査船が来るのが600日後だとしたときに,「食料はないけど気合と根性で絶食すればなんとかなる」とか,もしくは「今あるだけじゃ足りないからどこかにきっとある食料を探しに行く」とかいうのが典型的な根性論です.一方で「科学的な問題設定」というのは300日分の食料の差を「数字」として認識するところから始まります.食事の例だけでなく補給船の開発や打ち上げスケジュール,そして救出に際しての脱出船の質量やランデヴーの相対速度,全てについてこの数字はある種残酷に見える形で彼らの前に,そして私たち観客の前に突き付けられます.そして本作の魅力は,そうして絶望的にさえ見える「埋まらない数字」をどうやって科学的に埋めるかとういうことに尽きるのです.

マークは300日の差をどうやって埋めるか,彼は「300日分の食料を作ろう」と考えます.そしてDASH村的なじゃがいもの火星での栽培が始まるわけです.じゃがいも栽培に必要な水は燃料から電気分解した水素と,酸素を燃やすことによって創出します.ここで描かれるのは科学の「実験精神」です.彼は初め酸素の量を間違えて爆発事故を起こしてしまいます.このシーン自体はかなり笑えるのですが,その後の彼の傷だらけの顔とクタクタになった表情を見るとすっかり笑えなくなります.しかし彼はめげずに「何が問題だったのか」を考え,改善し再度取り組みます.これはまさに科学の実験精神です.

このように,彼は知恵を働かせ,ポジティブに1つ1つの問題を解決していくことによって火星で生き残る方法を確立し,ついには地球との交信手法さえ見つけ出します.

彼のたゆみない努力と知恵,科学的な才覚が集約されたのがパスファインダーによる交信シーンです.彼はかつて火星探査で利用されていたパスファインダー(地球との交信機)を見つけ出し,交信するためにローバー(火星で探査を行うための自動車みたいなもの)をどうやって長距離運転させるか,毎日実験を続けることにより問題点を発見,解決し続けることによりついにパスファインダーまで到達します.しかしパスファインダーというアナクロな機械では1回の交信できる情報に限りがある,しかも時間がかかる.その解決のために彼が利用した「ある方法」は理系なら思わず唸らずにはいられない,非常に美しい手段でした.

 

ところで,このパスファインダーのシーンはマーク自身の視点から見ても十分に素晴らしいのですが,その交信相手であるNASAのメンバーの視点から見てもグッとくるものがあります.

マークが火星に取り残されてから54日目に火星の衛星画像をモニターしていたNASA職員は「異変」に気づきます.ソーラーパネルが砂埃を被っておらず,ローバーが移動している...ここでNASA側は初めてマークが生きていることを認識します.しかし,交信の手段を持たないNASA側はマークの探査車の移動パターンを見続け彼が何をしようとしているか考えます.そしてビンセントはひらめくのです「地図持って来い」と.

火星の地図が手もとにないので(それは流石におかしいと思うが),食堂に掛けられている火星の衛星写真の上からマジックでマークのローバーのルートをなぞるくだりも実験でひらめいたことやプロトコルのメモをキムワイプにあわててメモった経験がある人ならグッとせずにはいられないシーンです.

 

このように,このパスファインダーのシーンはこれまで別々に描かれていたマーク自身の視点,NASA側の視点が初めて「交信」するからこそカタルシスが生まれているのだと思います.

 

このシーンを端緒に,物語はマークの物語からNASAの物語へ,そして世界の科学者たちの物語へシフトしていきます.

連日の徹夜を強いられるNASAの補給船開発メンバー,最適航路の発見に取り組む学生,そして動力の提供をする中国航天局のメンバー,多くの科学者たちは彼一人の生命を救うことに全力を傾けます.この物語の登場人物たちは全て好人物です.ある種悪役的な役割を担う人物もいますが,それだって理由あってのことです.

 

そんな彼らの努力が描かれたからこそ,最後の最後で描かれる1%のファンタジーにも僕は納得できました.

 

マークの楽観的な人柄,善人の天才たちが総力を以って1人の火星人を救出する姿に見終わった後,とても清々しい気持ちになれます.

全理系はもちろん,理系に携わったことがない人にもオススメしたい2016年を代表する名作です.是非劇場で鑑賞してください.

 

 

余談ですが「異星に取り残されたひとりぼっち」と言えば比較せずにはいられないのが小川一水先生の「漂った男」です.

www.amazon.co.jp

方やビッグバジェットのハリウッド超大作が技術と予算を惜しみなく作ったのが「世界が一人の男を救う物語」だとするならば,こちらは一人の日本人作家が描いた「一人の男が世界から見捨てられる物語」だと言えます.

異星に1人で取り残されるという設定から出発した対極にある物語として堪能するのも面白いと思います.

こちらの短編集も「生きるとは何か」考えさせる珠玉の1冊ですので是非お読みください.

 

 

 

 

『楽園追放 -Expelled from paradise-』感想:戦闘シーンを楽しむ作品としてオススメ

こんにちは,昼休みを利用して忘れない内に感想をば.

 

昨日『楽園追放 -Expelled from paradise-』を鑑賞したのでその感想を上げます.

視聴形態について.BDをPCのプレイヤーで再生し,映像をプロジェクターに出力しました.ただ,音についてはサラウンドシステムがないので小型の2chスピーカーを用いており映像の大きさの割には音の迫力は若干物足りない感じでした.

 

脚本はまどマギで話題になった虚淵玄さん.

沙耶の唄』,『BLASSREITER』,『魔法少女まどか☆マギカ』,『翠星のガルガンティア』辺りを自分は触れているんですが,『沙耶の唄』『BLASSREITER』が良く出来ていただけに『翠星のガルガンティア』はかなり物足りなく感じました.

 

個人的には,虚淵玄さんの魅力が発揮されるのはホラー寄りのファンタジー作品だと思っています.というのも,虚淵作品のストーリープロットというのは対立構造が単純かつ明確になっているので,ストーリーをそのままなぞっても面白くない,故にその対立構造に苦しむ登場人物を主観的に描くことで深みを与えているのだと考えています.そして,主観的に苦しむ表現というのはホラーというジャンルとよくマッチするということです.例えば,彼の代表作『沙耶の唄』ではある日突然世界がとても醜悪に見えるようになった主人公の物語です.主人公は醜悪に見える世界を選ぶか,それともかつての正常な世界に戻るのかという2択を迫られるのですが,それまでの過程が彼の恐怖や快楽といった原初的な感情に訴える描写を通じて切々て描かれており,それが結末を陳腐化させない作りになっています.『BLASSREITER』では周囲の仲間たちが次々とゾンビ化していくという過程を主人公の目線を通して描くことで世界の切迫感,主人公の孤独感を描いていました.『魔法少女まどか☆マギカ』については言うまでもないでしょう.魔法少女たちの物語は徹頭徹尾主観的なものでしたから.

 

一方で『翠星のガルガンティア』という作品を通してみると,主人公が属する世界と漂着した星での世界における世界観の対立という,これまでみられたような世界観の対立構造は見られるものの,これまでの作品と比較すると物語の進行は淡々としており,牧歌的にすら見えます.これは,他の作品と異なりガルガンティアディストピア的な世界から自由な世界への移行という,ポジティブな変化であることも理由の1つですが,ロボットアニメ故のヒロイスティックな主人公の属性がそれを阻んでしまったことにあるのではないかと思います.このように主人公の葛藤が弱いため,後半でのドラマティックな展開も「いつもの展開ね」と軽く受け止められる作りになっているのではないかと思います.

 

本作品『楽園追放 -Expelled from paradise-』はSF,ロボットアニメということ,しかもディストピアから人間らしい世界への移行という点で『翠星のガルガンティア』と似通っている部分が多いです.

そして,僕が懸念していた通り,本作でもストーリーの弱さはかなり際立っていました.

ディストピア世界から来た主人公アンジェラと,人間らしい世界の代表ディンゴ,そして人間よりも人間らしいAIフロンティアセッター,という役者の時点でお察しですが虚淵玄作品を見慣れてなくてもそこら辺のSFを多少見ていれば先の展開はかなり読めてしまいます.

以下,ネタバレが増えていくのでご注意願います.

 

 

 

本作のストーリー上の重要なカタルシスポイントとしては,ディストピアの世界観に染まりきったアンジェラがディンゴとフロンティアセッターと交流する内に考えを改め,DIVAの世界観から開放されるところにあります.もう1点は,フロンティアセッターの外宇宙への旅立ちと,アンジェラの生きる目的の発見です.

 

最初の点については,見なくても予想できるくらい分かりやすい展開なのですが,映画として物足りないのは,アンジェラが世界観を改めるのに必要な要素をほぼ全てディンゴの語りによって説明してしまっていることにあります.そもそもアンジェラという存在自体,DIVAの代表としても空虚に見える,というのもこれもディンゴのセリフによって説明されてしまうのですが「DIVA民はメモリの割当によって自由を制限されている,故に自由を拡張するために社会の奴隷と化している」わけですが,肝心のDIVA民の自由が制約されている感じがDIVA世界の描写が弱いために伝わってこず「ディストピア世界だし,みんなわかってるよね」と視聴者の想像力に委ねる形になっています.アンジェラにしても,仕事の成果を求めるエリートという感よりはツンデレ感が先立ってしまって結構「人間らしい」ですし.その辺りの弱さ含めこの展開はイマイチ感動できませんでした.夜空を見ながら2人で会話するという構図自体は美しいんですけどね...

 

第2の点については,フロンティアセッターがアンジェラよりもディンゴよりもある意味で最も人間らしいという展開は素直に面白いと思いました.ディンゴが何故外宇宙への探求を選ばず,地球に残ったか,この点は考察できていませんが,物語中の彼の生き方を観るに,彼は現世的な欲望の象徴としての人間性を象徴しているのではないかと考えています.金,肉,睡眠,音楽といったもの(物理的な人間でないと楽しめないもの)を彼はこの上なく楽しんでいるように見えます.一方で外宇宙への探求というのはそういう現世的な欲望とは対極にある,知的好奇心を象徴している.だから彼は外宇宙へ旅立たなかったのではと考えています.

主人公であるアンジェラの選択のシーンは劇的な演出があって非常に気持ちいいですが,アンジェラが空虚に見えてしまったので若干弱く感じました.

この作品通して,アンジェラは割と典型的なツンデレキャラに堕しているキライがあって,一方でディンゴは万能すぎるんですよね.その辺りもストーリー的にちょっとのめりこめない点ではありました.

 

ストーリーについては結構難点をつけてしまいましたが,戦闘シーンの演出面は近年のロボットアニメの中でも白眉のシロモノでした.

まず,スタッフに00の水島精二エウレカセブン京田知己,そしてマクロス板野一郎とこれだけ豪華なスタッフがよくもそろったものです.序盤のサンドワームとの戦いから始まり,後半の宇宙戦〜地上ゲリラ戦と戦闘シーンは何回も見直したくなる作りだと思います.

 

アンジェラが地上戦で最後に戦うシーンなどは00のトランザムにしか見えない動きをしており,00好きとしても楽しめました.

後は宇宙空間のミサイルを撃墜するシーン,アーハンの動きが急激に変わりミサイルを撃墜し,レールガンを発射し撃ち落とす流れは素晴らしいですね.個人的には撃ち落とした後,さらっと装備を宇宙空間に投げ捨て変形する流れがツボでした.

ゲリラ戦のシーンは,ゲリラという地形と罠を利用した戦いと圧倒的戦力による消耗戦がいい塩梅になっており,防御側の一方的な強さに終始せず,また,DIVA側に圧倒されるわけでもなく素晴らしかったです.

 

ちょっと残念だったのは,アンジェラの顔は映るのに殺される側のパイロットの顔は映らず,ラストでちゃっかり生き残っている描写があるのは残念で,ちゃんと相手のパイロットを殺す必要があったのではないかと思います.

そしてアンジェラちゃんはしっかDIVAに対する反逆者として永遠に追跡されて欲しいですね.

 

というわけで,楽園追放,オススメです.

 

 

 

 

 

KING OF PRISMについて考える

先日の酷評記事

twinkle-sa.hatenablog.com

がなんと,なないち研様の感想リンク集にリンクしてもらえました.

kensetu.hateblo.jp

絶賛の嵐の中にポツンと罵詈雑言があるのはなんとも居心地が悪い気もしますが,嬉しい限りです.

 

今日は,映画本体の感想から離れて,映画本編を見に行っている人はKING OF PRISMのどこを楽しんでいるのか?何故自分は楽しめていないのか?という1歩引いた目線で考えてみようと思います.

 

上の感想リンク集のリンク先をさらっとチェックした感じ,感想として多かったのは主に

1.笑える

2.泣ける

3.見ると元気になる

の3つでした.

togetter.com

 

1.笑えるについては「腹筋崩壊www」とか「合法ドラッグ」とかそういう感想が当たると思います.裸がいっぱい出てくるところとか,自転車デートしてると思ったらいきなりE.Tになるところとか,やたら大規模な赤字とか,謎料理とかツッコミどころいっぱいなところを笑い飛ばして楽しむ映画ということでしょう.

2.泣けるについてはおそらくコウジ君がOver The Rainbowから脱退してハリウッドに旅立つシーンのことだと認識しています.実際自分が劇場で鑑賞しているときも,このシーンでメガネを外して涙を拭っている方がいらっしゃっいましたし.

3.見ると元気になるというのはクライマックスの一条くんのプリズムショーのことかと思います.コウジ君がOver The Rainbowを去ることになり失意のどん底にある観客たち.しかし,その前に颯爽と現れたルーキーの心煌めく演技に視聴者は魅了され,元気をもらったということではないでしょうか.

以上3点について私の認識が間違っていなければ,楽しんでいる方々の「この映画のみどころ」ということになると思います.

 

この中で1の「笑える」については,何を以って笑えるかどうか考察するのは難しいですし,実際私が観たときに笑えたシーンもいくつかあったので,この点については割愛することにします.なので,ここではKING OF PRISMが「泣ける」,「見ると元気になる」という点について考えてみようと思います.

 

まず,「泣ける」という点についてですが,先日の感想記事で書いたように私自身が泣けない理由としてOver The Rainbowが結成されてからの3人の物語が描かれていないので,別れにカタルシスを求めるのが難しいと書きました.

レインボーライブファンの私としては,ヒロ,コウジ,カズキがそれぞれ心の葛藤を抱えながらも最終的に和解しOver The Rainbowを結成する,というのがTV版での最もカタルシスを生むポイントであると思っていますし,KING OF PRISM本編中のOver The Rainbow結成までの総集編ではちょっと泣きそうになりました.

KING OF PRISMでもしコウジの別れを劇的にしたいなら,Over The Rainbowとしての苦難や葛藤を乗り越え,絆が深まったところでの「別れ」であるべきだと思うのが僕の意見です.

 

一方で,Twitter上で見られた興味深い感想として「1回目は笑ったけど5回見ると泣く」というものがありました(元ツイートのリンクを失くしてしまいました).

流石に5回観て本当に泣けるかどうか確かめる気はありませんが,ここで考えられるのは,何回も映像体験を重ねることによって「設定に入れ込んでいる」状態になっているのかなということです.設定に入れ込んでいるというのは,決して物語上に明示的な描写がなくても「別れ」というシーンに感動できてしまう,もっというとOver The Rainbowの3人の気持ちを汲みとってあげてしまう,ということです.もちろん何回も観てなくてもそういう見方は可能だと思うのですが,ルーパーだとそういう見方が補強されるのではないかと考えました.

別にKING OF PRISMに限らずそういうモノの見方は誰しもやっていることで,例えば理由がなくても子どもが泣いてるシーンがあったら,こちらも泣きたくなってしまうとかそういうものではないですかね.「子ども」「泣く」というキーワードに自分の心が反応して幼少期の何かが呼び起こされる感じ,そういうものをKING OF PRISMにおける「別れ」のシーンから汲みとったのではないかと思います.

 

別の可能性としてOver The Rainbowのファンという立場で泣くという可能性も考えられます.Over The Rainbowが活動休止してしまう,コウジ君がハリウッドに行ってしまうということについて劇中のファンの目線と同一の目線で鑑賞していると別れのシーンは泣けるのではないかと思います.

この点については,Over The Rainbowのファンではない自分の立場からは検証不可能なので誰かの意見を伺いたいところです.

 

以上が,泣ける映画としてのKING OF  PRISMの考察でした.

 

次に「見ると元気になる」という点について考察しようと思います.

元気になるというのは,曖昧なので実際の感想から拾ってくると

「見るとハピなるな気持ちになる」「久しぶりに心の煌めきを取り戻せた」と言った,

プリズムショーの本質である「心の煌めき」に言及している感想が目立ちました.

なので,ここではプリティーリズムシリーズにおける「心の煌めき」について考え,KING OF PRISMと比較しようと思います.

 

まず初めに,プリティーリズムシリーズで描かれた物語について総括しようと思います.

 

プリティーリズムオーロラドリームを一言で説明するなら「プリズムジャンプは心の飛躍」という言葉に尽きると思います.

この言葉は,練習してもプリズムジャンプが飛べないりずむちゃんに対して純さんがかけた言葉です.意味するところとしては,自分の内面をさらけ出すこと,自分の純粋な気持ちをジャンプに込めることこそがプリズムジャンプを成功させる秘訣だということだと思います.プリズムジャンプというのは単純に練習だけで成功するようなシロモノではなく,自分の内面というのが強く関係していることがこの言葉には端的に表されています.但し,だからといってプリズムジャンプを飛ぶのには才能や自分の内面が充実していればいいか?という訳ではなく,元がスケートである分,日々の練習も欠かせません.そもそも,プリティーリズムオーロラドリームにおける登場人物たちの目標設定は究極の技である「オーロラライジング」を飛ぶ,もしくは乗り越えることにあった訳で,技に対してストイックな姿勢を貫いたのがりずむであり,みおんでした.あいらという天に選ばれし者は,この2人の仲間であり,ライバルがいたからこと成長できたわけで.オーロラドリームがあいらという天才ただ一人の物語であったなら,天才が天才故に成功するというだけのなんとも味気ない物語だったと思います.

因みにオーロラドリームの総評としてはこちらの記事が非常によくまとまっていると思いました.

ツイプレッション : 主題を大切にしたアニメの素晴らしさ 「プリティーリズム・オーロラドリーム」総評

 

 次に,春音あいらという天才を上葉みあという凡人が乗り越えるという物語がプリティーリズムディアマイフューチャーでした.彼女のプリズムジャンプである「きらめきフューチャースター」は彼女の真っ直ぐな内面を象徴していると共に,その技が段階的に発展していくという演出は,彼女の成長を表す手法として素晴らしかったと思います.(ディアマイフューチャーはそこまでちゃんと観てない)

 

レインボーライブでは,天才彩瀬なるを筆頭にした6人の子どもたちの物語だったと言えます.初め敵同士だったプリズムストーンのなる,あん,いととエーデルローズのべる,わかな,おとはが一緒になり,切磋琢磨しあう関係にまでなり,最終的には6人で心の煌めきを取り戻すという展開は,前作までよりも人間関係に焦点を置いた群像劇としての趣が強いように見えます.オーロラドリームで見られた天才枠としての存在が彩瀬なるですが,それとペアになるのが蓮城寺べるというこの作品におけるもう一人の主役です.おっとりした父母に囲まれていつも元気一杯,だからこそもっている心の煌めきというあいらを彷彿とさせる設定の「なる」,一方で厳しい母親に躾けられ,競争を余儀なくされるエーデルローズの中で勝ち抜いてきたエリートとしての「べる」,2人は表と裏の関係になっています(この表裏の対立構造はあんとわかな,いととおとはにも当てはまりますが).天性でプリズムライブを演じることができるなると,厳しい練習を重ねてもプリズムライブに失敗するべるという構造はあいらとりずむの関係に通じるところがあります(ライブ以外の点ではべるに全く及ばないなるの挫折もきっちり描かれています).仲間に助けられることによってプリズムライブを成功させることができるようになったべるは,その後なると共に過ごすことによって成長を遂げ,最終的にはオーバー・ザ・レインボーセッションで優勝するまで上り詰めることができます.これによって(おそらく誰よりも練習した)彼女の努力は報われるのです.もちろん天才であるなるも,仲間たちの存在を通して初めの頃からは考えられない程成長を遂げます(1000%ピュアピュアアローは最高のプリズムジャンプの1つだと思います).ただ,レインボーライブでの物語としてのカタルシスはいととコウジの話やあんとわかな,ヒロといった主人公の周りに多く,それこそが,天才「彩瀬なる」の物語に終わらせない作りになっていたのだと思います.

 

総括すると,オーロラドリーム,ディアマイフューチャー,レインボーライブ,一貫して描かれていたのは,あいら,なるという「天性の心の煌めきを持っている者の物語」,というよりはむしろ「天性の心の煌めき」に触れることによって登場人物たちの心の煌めきが開花し,成長していく物語だったのではないかと思います.

 

このような点から考えると,KING OF PRISMでの一条くんのプリズムショーは,私にはどうしても「天才が,天才である故に成功したプリズムショー」に見えてしまい,彼自身の心の煌めきの成長が見られないから元気も感動も生まれないのではないかと思います.レインボーライブで例えると,1話でプリズムライブに成功したなるちゃんが初めにべると戦うときに1000%ピュアピュアアローを成功させてしまう感じですかね.もう1点はやはり「べる」のようなライバル的存在がいて,2人で高め合う展開があればもう少し良かったと思います.

 

一方で,ぼくがなるちゃん大好きだからなるちゃんに甘いという可能性もあります.成人男子が女児に甘いのは世の理,可愛いは正義ですからね.

 

ただ,そのような物語的な点を差し置いてもやっぱり一条くんのプリズムショーはダメだと思います.それは,KING OF PRISMにおけるプリズムジャンプの扱いが酷いからです.

先に述べたように,「プリズムジャンプは心の飛躍」でした.「オーロラライジング」を初めとするプリズムジャンプは,心の煌めきの投射という面があり,物理的な飛翔と心的な飛躍をマッチさせる非常によい演出手法でした.ディアマイフューチャーの「きらめきフューチャースター」も心の煌めきを象徴するジャンプの1つですね.もうちょっと象徴的なものだと「フレッシュフルーツバスケット」はお菓子屋の娘であるあいらの女の子らしい一面が表出したジャンプだと考えられます.飛翔をイメージしたプリズムジャンプには「MARSフェニックス」や,「スターライトフェザーメモリー」があります.象徴的なものとは別に,物語的なプリズムジャンプもありました.「2人のロマンティックショー」や「赤い糸,夏の恋」などはジャンプ自体に意味があるタイプのものです.

様々なプリズムジャンプがありますが,どのプリズムジャンプにも共通するのは「心の飛躍」という点です.レインボーライブファンとしては特に「スターライトフェザーメモリー」が白眉だと思っていて,なるとべるという「別々の2人」が「一緒になることで」得られた成長の奇跡,成長の軌跡を象徴している素晴らしいジャンプです.

このように,プリズムジャンプというのは物語で描かれた心の煌めきや成長というのを曲にのせてジャンプという1つの技に込めるものだと思います.

 

一方で,KING OF PRISMで描かれるプリズムジャンプというのは彼らの心の煌めきというよりも「女性に向けたセックスアピール」に大部分が見えてしまう,少なくとも自転車2人乗りやE.TのパロディにはOver The Rainbowの心の煌めきを感じ取ることはできません.カズキの心の剣はアレクサンダーの筋肉によって物理的に受け止められてしまいますし,コウジくんがはちみつキッスする理由が「唇のどアップを映したい」以外僕には分かりません.無限ハグも「愛の象徴」というよりは「性の象徴」って感じがしますし,裸で観客に抱きつくのは心の煌めきではないと思います.

最後の一条くんのプリズムジャンプは唯一彼の心の煌めきを象徴しうる場面なのですが,「校舎の屋上で叫ぶ」という演出は従来のプリズムジャンプで描かれていた飛翔のイメージが失われてしまっており,音楽との相乗効果を得られないばかりか「止まって見える」という逆効果になっています.更に,観客が露骨なピクトグラムで描かれているのも嘘くさく見えてしまい,全体的にげんなりする感じです.後,突然なるたちのプリズムショーを回想シーン的に入れても「お約束感」というか「レインボーライブファンもこれで満足でしょ,という言い訳感」しか生まれずむしろ腹が立ちます.

 

一条くんのプリズムジャンプを綺麗な形にするんだったら,今まで演出で使ってきた,オーロラや虹,翼といった飛翔のイメージを全面に出したプリズムジャンプの方が少なくとも僕は感動できました.

 

ただ,こちらにも男性の裸が気にならない,とか,むしろセックスアピールの描写が嬉しい層もいるでしょう.「学校へ行こう!」を観てた人にはオススメ!,みたいなツイートがあったので.屋上で叫ぶ的な演出が世代的にウケているのかもしれません.なので,究極的には感覚的に「ノレるかノレないか」の差に回収されてしまう気もします.

 

まとめると,物語的に,ジャンプの演出面,2点から一条くんのプリズムショーはノレないし,見終わった後心の煌めきが充填される感じもなかったのですが,僕が気にした点,つまり成長を求めない.セックスアピールを気にしない方なら心の煌めきを感じ取ることができるのではないかということです.

 

 

長くなってしまいましたが,KING OF PRISMを観て思ったことは全てまとめられたと思います.自分の感想と周りの感想がかけ離れているのは初めての体験だったので新鮮です.是非,キンプリ面白かったという人からの感想が聞きたいです.

 

 

 

 

 

 

KING OF PRISMは2016年ぶっちぎりのクソ映画である

約2年ぶりの更新となります.

 

色々と一息ついたので,心機一転また頑張って書いてみようかと思ってます.

読んだ本や,アニメ,映画の感想などについて細々とでも感想を残していければいいなぁとユルい気持ちで頑張ります.

 

さて,表題の件です.先日大きな仕事が終わり早速遊ぼうと思ったのですが,真っ先に「映画見たい!」という気分が自分の中で盛り上がってきたんですよね.

 

というのも,昨年末くらいから『ライムスター 宇多丸のウィークエンドシャッフル』を聴き始めて,きっかけはYouTubeにUPされている『こころが叫びたがっているんだ。』評を聴いたからなんですけど.とにかく,この宇多丸さんの評が非常に的確で「自分がなんとなく思っていたこと」を明確な言葉で明らかにしてくれるのが聴いていて非常に快感だったんです.やっぱり「映画を観て語り合う」ってとても面白いことだなと改めて認識させられたわけです.

 

というわけで,冒頭の「映画見たい!」に戻るわけですが,この時期結構面白そうな映画がいっぱいあって『ザ・ウォーク』,『ブリッジオブスパイ』,自分はフォロワーではないですが『スターウォーズ』と大作が揃っていた訳です.

そんなとき,ふとこんなブログを発見してしまった訳です.

 

irissoku.com

 

自分はプリティーリズムシリーズは『オーロラドリーム』と『レインボーライブ』はかなりのファンでして,まぁ『ディアマイフューチャー』は完全に駄作だとおもっているんですけど,『レインボーライブ』については女児アニメ史上に残る傑作だと考えています.その『レインボーライブ』の監督をされた菱田さんがここまで切実に思いの丈をぶつけられているなら1ファンとしては燃えますし「観るっきゃない!」となったわけです.

 

WEBで即座にチケット予約をして劇場まで運んだのですが,シアターに座って「あれ...?」と最初に感じた違和感が,自分の席の周り殆どが女性で囲まれていたことなんですよね.確かにOver the rainbow(レインボーライブの花形男3人によるユニット)は大人の女性向けだけど,プリリズ自体は大人の男性のファンも厚いし,事前にTwitterで軽く調べた感じでは男性も面白いって言ってたけど...あれ?あれ?と思った訳です.更に予告編が流れ始めた時点でこの違和感は加速していきます.実写版『黒崎くんの言いなりになんてならない』といういかにもな女性向け作品の予告が始まったと思ったら(どうでもいいけどこの作品も予告編から猛毒級のヤバさが漂ってますよね),

kurosakikun-movie.com

次に流れてくるのは『同級生』ですよ.

www.dou-kyu-sei.com

この時点で「あーヤバイ,来る映画間違えたかも...」と思ったのですが時既に遅し.気づいたら例の映画泥棒がクネクネする映像が流れ始めて,ジェットコースターが発射する前にシートベルト締めてる気分でした.

それでも「菱田監督だから!プリリズだから!」という一縷の望みはありました.

そして,映画本編が始まって3分後...

 

僕の最後の希望は見事に打ち砕かれました.

 

とか最初書こうかと思ったのですが,本編始まる前に「週替り出場者アピール」とか言って,まだ存在すら知らないキャラのドラマCD調の息多めの声がキャラの静止画が映しだされたままのスクリーンと共に流れてくるリピーター商法みたいなことやってたんですよね.一言で言うとね,

「キモい」

 

はい,本編の話に戻ります.上映開始3分後...

 

ヒロさんの無限ハグ(何故か裸),に包まれて絶頂する主人公一条くん,そしてトリプルジャンプでは女の子と2ケツで自転車に乗るというシチュなのですが,顔部分にシェードが入っているのはもちろんのこと(髪色と髪型見ると,べる,あん,いとっぽかった),女の子のセリフはボイス無しの字幕という徹底ぶり.

 

「あ,これはアカンやつや」不安は確信に変わりました.

 

一応最後まで集中して視聴継続したのですが,その後もお話として面白い部分も,演出が際立っている部分も特になく,かなり残念でした.むしろこれまでプリティーリズムレインボーライブが築いてきたものを(意図的に?)ぶち壊す演出が目立っていましたね.

その辺りについては,

プリズムストーンは居酒屋じゃない - ユーザーレビュー - KING OF PRISM by PrettyRhythm - 作品 - Yahoo!映画

このレビューが的確に指摘してました.

 

演出の話になったので,ここで初見の1視聴者としてストーリーや演出について気になったことを書いておこうと思います.

 

ストーリーについてですが,Over the rainbowとしては成功しているけど所属元のエーデルローズの経営難でコウジが海外に移籍するので,新しい新人スターを後釜に据えよう,という2行で語れる話なので,話なんて「あってないようなもん」です.

ストーリーにまつわる演出面は細かいところで気になる点が結構あって,経営難にまつわる部分でのお金の話がかなりおざなりになってます.ヒロが相変わらず住んでいるボロアパートでコウジが作る最高級食材を使った豪華絢爛な料理という取り合わせに象徴されているんですが,わざとやってるならもういいんですけど,ミスマッチ感が酷いですよね.後,経営苦しいならOver the rainbowのライブのコストを削ればいいんじゃないですかね.最後のライブ,内輪向けの小さいイベントという名目だったと思うのですが,背景に変な神殿ありましたよ.いや,あの建物は実在のものとかそういう話ならもう良いですけど,それこそレインボーライブのようにライブハウス調の箱の中でやればいいんじゃないですかね.

とか細かい突っ込みどころはまぁこの作品の本質とは関係ないのでいいです.聖さんが明らかに無能なのに選手としての実績だけ買われて経営やってるとか寧ろリアルとか.プリズムショーって明らかにめっちゃ金かかってるのにスタッフの気配が皆無とか,ね.

 

この映画のストーリーで最もカタルシスとなるのは「コウジとの別れ」と「奇跡の新人一条くんの誕生」って2点だと思うんですけど,Over the rainbowってレインボーライブでも結成したの最終話だし,映画本編で3人の絆やこれまでの苦闘みたいなものは殆ど語られません.あるのはレインボーライブ本編のOver the rainbow結成までの3人の成り行き(ご丁寧になる,べる,いとといった3人にとってかなり重要なポジションである登場人物の話は綺麗に排除されてます)だけです.なので本編観ているだけで「コウジとの別れのシーンで泣けるか」って話になると,ちょっと無理筋だと思います.

因みにこの別れのシーンで電車の行き先が「For Hollywood」になるの,ギャグにしか見えないしギャグだとしてもあんまおもしろくないです.

 

次に,新人スター一条くんの話です.映画本編のクライマックスはコウジの別れの告知の後でショックを受けているファンの前に颯爽と一条くんが登場してプリズムショーで観客に心の煌めきを届けるという展開になってます.ここの一条くんのプリズムショー自体はCGの気合入っているし,今まで作曲を担当されていた山原さんとは別の方が作曲を担当されているためか曲全体からフレッシュ感が漂っていて非常に良かったです.

但し,ここで問題になるのが「何故彼はそこまですごいプリズムショーをできるか?」という点です.一条くんがプリズムショーに向けて特訓するという描写があれば少しは納得できるのですが,描かれたのは強面のコウジがジャンプすると投げキッスしてきて「心の内を曝け出せ」みたいなことを叫ぶ意味不明な特訓もどき.すると何故か心の内を曝け出した一条くんはプリズムジャンプに成功してしまうわけですよ.この流れでジャンプに成功したのも意味不明なんですけど,この1stジャンプ成功からラストのショーまでの間,彼がプリズムショーに向けて訓練する姿は全く描かれないわけです.「プリズムショーは心の煌めき」だから心が輝いていればいいショーができるということなのでしょうが,じゃあそれなら練習って何のためにするのか?って話になってしまうんですよね.特に一条くんの場合,物語中で何かスポーツを嗜んでたとか運動神経が優れているような描写は全くないので,彼がプリズムショーをできることの説得力は全くないわけです.もちろん,歴代のオーロラドリームのあいらや,レインボーライブのなるだって心の煌めきによって初めてのライブで成功はしますが,その後の練習シーンはきちんと描かれていますし,レインボーライブのべる様は練習の鬼ですよね.

練習する時間を描く時間がなかったなら,体中に絆創膏貼るとか,顔に痣つけるとかいくらでもやりようはあると思うのですがそういう配慮は一切なし.

 

こういう,物語上必要そうな描写は削るのに,唐突に勃発するストリートバトルみたいなのには尺割るんですよね.あのストリートバトルも,カズキの剣はヒロの心のPRIDEをぶった切る心の剣だったはずなのに,相手の体に直接切りつけにいったあげく腹筋で受け止められるというギャグなのかなんなのかわかんない演出で陳腐化させられてしまって,本編視聴者を敵に回したいのでしょうか?EZ DO DANCEのCGも使い回しだったので,男性らしい動きとか筋肉の質感とか全然ダメだったので全カットすればよかったのに.

 

まぁギャグという意味でこの作品のストーリー上一番笑えるポイントは「いいプリズムショーをやるのに必要なものってなんですか?」という質問に「仲間だ」と答えたコウジ君が金欠で海外に売り飛ばされるという話そのものにあるんじゃないですかね.

 

男性がやたら裸になったり,キスの口アップが描かれたりするのは気持ち悪いとは思いますが,まぁ女性向けファンサービスとして許せるレベルかなと思います.

 

以上,ストーリーと演出にまつわる話.

最後にこの作品を観て1番許せなかったポイントの話をして終わりにしたいと思います.

 

これは気になったので,視聴後に公式サイトとか見て明記されていないのを確認したのですが,1本の映画としてありえないと思うんですけど「前篇」や「1st」と書かれていないのにもかかわらず物語の中盤で話が終わっちゃうんですよね.映画館という空間で「1本の物語を楽しむ」という映像体験を求めてる観客に対して非常に不適切な態度だと言わざるを得ません.

そのクセして,初見さんは友人を連れて見に来てくださいとか,よくいえますよね?

 

そういうわけで,個人的には魔法先生ネギま!以来のクソ映画,どれくらいクソか気になる方はWatch men!