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とりあえずかけそば一丁

アニメとか映画とか気になったものについて

朝まで生テレビについてあれこれ

4時から25分間しか観てなかったけど、思ったことをつれづれなるままに語ってみようかと思ふ。

慶應の竹田恒泰さんという方が出演していました。ごちゃごちゃしてて何言っているかよくわからなかったんですけど、どうやらいろいろな意味で過激な人らしい。

ウィキペディアさんで調べてみると、教授ではなく講師ということみたいですね、しかも私の母校である慶應義塾高校(通称:塾高)出身とは!

「なーんだ、塾高出身かー。じゃあしょうがねえや」と少なからず思うこともあったりなかったり。それくらい塾高というのは良く言えば自由、悪く言えば無法地帯な学校なんです。化石みたいな先生もいるし…

別に彼が悪く言われることについて反感を持つほどの愛校者ではありませんが、テレビに一回出ているのをみただけで(しかもあの場の荒れっぷり)評価を下すのはちょっと早いのでは、と思います。

テレビというメディアは相当バイアスが掛かっているという主張をネット上の皆さんは度々されますが、それならばテレビから得られる映像のみである個人を評価するのはいただけないと思うのです。





真っ当な批判、例えば政策やモラルの問題に対する建設的な批判などはされてしかるべきだとは思いますが、個人に対する中傷はどんな場合でもあまり褒められたものではないと思います。

例えば、平野綾さんという声優はTL上で(twitterで)たまに文意がよくわからないつぶやきをします。

これに対して、ある一人が批判的なメッセージを送ったとする。これが一人の場合なら大した問題にならないのですが、多くの人々が「ある一人」と同じ行動をとった場合、そのメッセージを受信する側というのは批判的なメッセージを大量に送りつけられることになる。
これはされる側にとってはある種の恐怖だと思うんですよね。
確かに芸能人や政治家は公人としての側面を持ち、というか政治家は公人なのですが、そういう批判にさらされるのはしょうがないという意見にも一理あります。
ですが、大勢がよってたかって一人を攻撃するというのはアンフェアです。
しかもそれに対して被害を受けた側が苦言を呈すると、「ネタにマジレスしてるwww」と嘲笑するのはやはりモラルに欠けるのではないのでしょうか。

私たちは確かに芸能人や政治家に比べて発信力が低いですが、だからといって多対個の構造を以てゲリラ的に対抗しようとするのはあまりに下品だと思いまう。(もちろんストライキなどの話は例外です。この場合は「組合」という眼に見える集団対権力者というアングルをとって権利的に対等にするという行為なので)

また、「ある一人の行動」が正義によって発動されたものであったとしても、それが「大勢の人々の行動」になると脅威を与えるということについては留意しなければなりません。


先日に引き続いて「私どんだけ平野綾好きなんだよ」みたいな内容になってしまいましたが、実際結構好きなのでいいとしよう…