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とりあえずかけそば一丁

アニメとか映画とか気になったものについて

美少女のアニメ考える(1)

ガールズ&パンツァーを観てて思ったのですが,近年では「きらら」を始めとして女の子だけが活躍するようなアニメが流行っているようです.
今回は,「女の子だけ」のアニメと,「女の子が主人公」であるアニメを比較して,女の子が主人公である理由や,女の子だけの空間について考えてみようと思います.

少女,美少女が主人公や重要な地位にあるアニメは以前のメインストリームでは以下の3つに大別されるものが大半でした.

ギャルゲもの:男の子1人に対して,1人もしくは複数の女の子が恋愛感情にある恋物語.※これは男主人公の場合が多い.(ラブひななど,
女児向け  :女児をターゲットにしているアニメ.小学生〜中学生の女の子が主人公であることが多い.(おジャ魔女など
少女漫画  :女の子主人公1人に対し,恋愛対象となる男性が1人または複数いるアニメ.男女間の恋愛(恋愛感情)を基軸に物語が進行する.(フルーツバスケットなど

つまり,今までの物語の女性の扱いというのは,「男性から見た(セックスの対象としての)女性」かもしくは「女性が描く女性」であったと言えます.

それに対して,近年では,以前では男性主人公を中心に語れることが多かった物語が女性主人公を中心として描かれることが多くなっています.
スポーツ:バンブーブレード,大正野球娘など
SF,ロボット:輪廻のラグランジェ,宇宙をかける少女,など

ここで注意しなければならないのは,これらの作品群は今までの美少女&ロボットものとは一線を画すということです.
美少女&ロボットというのは,往年の作品で言うと「トップをねらえ!」や,「エヴァンゲリオン」など,ヒロインがロボットに乗り込み戦うという作品を指して使われてきました.
ここでの美少女とはあくまで「セックス」としての女性であって,男性からの視線を意識した女性でした.
また,少女は男性の付属品や代替品であることが多く,「戦隊もののピンク」的なポジションに甘んじる事が多かったです.

それに対し,近年の美少女ものは登場人物の大半が女性であり,女性がロボットに乗ることへの特権性などが意識されることは殆どありません.また,登場人物の大半が女性になることによって男性的な目線が排除されています.

例えば,近年の作品では「輪廻のラグランジェ」が好例と言えます.この作品では,主人公の京乃まどかはあくまでも「ジャージ部部長」であり,背景に横たわる世界の危機などは完全に見えなくなっています.また「大正野球娘」は,物語の動かす理由として「男性に対抗する」という意識があり,男性の目線を意識するシーンも見られましたが,基本的には終始女性の「部活」としてで物語が構成されていました.
このような,女性が主体となって語られる作品群を暫定的に新美少女アニメと呼ぶこととします.

美少女アニメに含まれるアニメを以下に示します.
がくえんゆーとぴあまなびストレート!,けいおん!ひだまりスケッチソ・ラ・ノ・ヲ・トみなみけ,咲,かなめも,とある科学の超電磁砲etc
今回のガールズ&パンツァーも,新美少女アニメにカテゴライズされるものであると考えられます.

このような,新美少女アニメはそれまでと比べてどのように変化したのでしょうか?

一つ考えられるのは,「シニフィエの変化」です.
上述しましたが,男性が排除されることにより「性の区別」が失われます.それにより,必然的に女性であることの意味が変質していると思われます.

今まで物語内に男性と女性が存在することにより異性間相互作用(異性の目線,その意識,恋愛感情)が生じていました.そして,あるキャラ同士がヘテロか,ホモか,ホモでも男性同士か女性同士かで関係性が大きく変わっていたわけです.しかし物語内に女性しかいないと関係の多様性が狭まります.そのため,生じるドラマの多様性も失われます.
これに対抗して生まれたのが「百合的なもの」であると考えられます.「対抗して生まれた」と書きましたが,女性同士の物語を紡ぐために「百合的なもの」が生まれたのではなく,女性同士の物語を紡ぐ上で「百合的なもの」が便利であったのでそれを用いたという認識です.
ともあれ,「百合的なもの」を活用することにより女性同士の物語を描くためのハードルは大きく下がったと言えます.

そして,男性を必要としない女性同士の関係が「女性であることの意味を失い」,且つ今まで男性が担ってきた恋愛感情を「(百合的なものによって)女性が代用することになり」,結果としてこれらの女性達は女性でありながら,女性を超越するユニセックス的な存在となりました.

※但し,女性のキャラクターの多様性をもたらしたのはあくまで男性の目線によるものであったことを忘れてはなりません.

次に,新美少女アニメはあくまで「日常」の上に描かれており,「部活的な人間関係を持っている」ことが挙げられます.
これには,「4コマ萌え漫画(あずまんが大王,「きらら」,みなみけなど)」の影響と「セカイ系」の影響が大きいと思います.
セカイ系」により,私たちの日常の延長線上に世界の危機が存在するという物語が可能になりました.
今まで,「国家」や「世界」というものを背景にして語られてきた主人公の物語は「日常」の物語に矮小化され,「日常」と「世界」が接続することになりました.
また.「4コマ萌え漫画」により,女性同士の「日常」を面白おかしく描くスタイルが確立されました.これらの作品群には「部活的な人間関係」が多い理由は,部活的な人間関係が使いやすいこと,既に部活的人間関係の関係性が確立していたことが大きいと思います.(例えば,先輩後輩,仲間,友達,恋愛関係など
これら2つの影響により,女性同士の「日常」がそのまま「世界」に接続する物語が語りやすくなった,と言えます.
上述の例ではどちらも「部活」を中心として人間関係で構成されている日常の地平線上にある物語です.


さて,新美少女アニメの構成について見てきましたが,続いて「美少女が語ることの意味」について見ていきたいと思います.

次号へ続く...