読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

とりあえずかけそば一丁

アニメとか映画とか気になったものについて

映画『オデッセイ』は全理系が刮目すべき名作である

1週間ぶりの更新です.今日はアニメの感想ではないので需要がなさそうですが,すごい面白かったのでしっかり感想を残しておこうと思います.

 

きっかけはIMAX

自分は現在京都在住なのですが,最近京都にもとうとうIMAXが上陸したのです.

IMAX® || TOHOシネマズ

 

これはもう行くっきゃない!ということで,人生初IMAXを堪能しようと思ったわけです.

そこで選んだ作品が,表題の『オデッセイ』(原題:The Martian,火星人)だったのです.というか今IMAXで上映しているのが他にSTAR WARSしかなく,特にファンではなかったので実質一択だったわけですが(;・∀・)

 

とにかくそんな軽い理由で選んだわけで,後から#火星DASH村という感じで盛り上がっていたことを知りました.

corobuzz.com

結果としては前情報なしで行ったのはかなり正解でしたね.先入観なしで見れて非常に良かったです.後で詳しく説明しますが,個人的にはいわゆるDASH村的な前半よりも後半の展開のほうが感動的だと考えているので(といっても特にDASH村に詳しいわけでもないので事実誤認がある可能性も).

ただ,最近映画館で映画を観る人もかなり減ってきているみたいですし,STAR WARSのようなシリーズものではない作品がこのような形で盛り上がるのはすごいことだと思います.実際本作は大作がひしめく中でも一番のヒットを記録したみたいです.

火星DASH村!映画『オデッセイ』が2016年公開の洋画作品初の100万人突破! - AOLニュース

 

というわけで既に盛り上がっている本作を改めて自分が語る意味はあるのかという問題もあるのですが,1人の理系学徒として他では語られていない部分について何か残せればいいいかなと思います.

 

IMAXの映像について

初めにIMAXやら3D表現やら映画本編ではない部分について.

まず断言できるのは,この作品「断然IMAXがオススメです」ということ.

本編内で度々映される火星の壮大な風景,その雄大さ,優美さ,それと対比されるマット・デイモンの孤独感はIMAXの大画面でこそ堪能できると思います.

3D表現については,土砂の粉塵が飛び出してくる演出などがさりげなく,且つ迫力もあるといういい塩梅になっており「べろべろばー」的なびっくり3D演出ではないのが好感が持てました.個人的にはヘルメットを被って船外活動しているときの主観目線でデジタル表示が浮き上がっている表現が,自分が本当に今火星にいるような気分にさせてくれて最高でした.

また音響も素晴らしいですね.重たいものが落ちるときのドシンという音や粉塵がぶつかる音など足元から音が聞こえてくるのが3Dと相まって非常に迫力がありました.

これら1つ1つの表現がさりげなくかつ丁寧に作りこまれているので,2時間半集中力欠けることなく映画に没入することができました.

少なくともこの作品,自宅のPCモニターで鑑賞してたらもっと低評価をつけていたと思います.IMAXではなくても是非映画館で観て欲しい作品です.

 

ストーリーについて

※ここからネタバレが入ってきます

 

ストーリーについては皆さん御存知だとは思うのですが,有人探査船で火星に調査していた6人の内の1人,マット・デイモン演じるマーク・ワトニーが1人取り残されてしまう.そこからどうやって火星で生き残り,地球へ生還するかという話です.

本編は大きく分けると2パート構成になっており,火星で生き残る手段を模索する前半パート,地球へ帰還するための手段を模索する後半パートです.

 

前半パートは先程書いたようにDASH村的な感じになっており,火星という人類,というか生命に全く優しくない環境でどうやって水や酸素,食料といったライフラインを確保するかということを中心に描かれています.ただこの食料を確保するというくだりは結構短いので,本家DASH村的な火星での農作業を期待して観に行くと肩透かしを食らうかもしれません.その辺りはこちらでも言及されていました.

映画「オデッセイ」感想!前半は火星DASH村、後半は壮大なSF映画だった! - カズログ

 

後半パートは,マークがNASAとの交信に成功したことから,前半パートのマーク1人の物語からNASA本局,ひいては中国をひっくるめた科学者たちの物語にシフトしていきます.つまり火星に取り残されたマークを世界の科学者たちが総出で助けるというサイエンティストの駆け出しとしては胸躍る展開になっています.

尚この話,一部では中国に媚を売っているという話があるみたいですが,日本人が一切いない辺りにむしろ僕はリアリティを感じてしまいます.

www.news-postseven.com

少し未来を考えたときに,米国側からして軍事事情が不透明なロシア・中国,その中でも軍拡に熱心な中国が宇宙空間へ打ち上げるための動力を隠し持ってるって十分ありえる話だと思うんですけどね.そんなことより日本人はブレードランナー時代から代わり映えしない「日本描写」を改善する努力をするとか,ハリウッドで活躍する日系の俳優がいないこととか,日本の宇宙開発を初め科学事情が完全にアメリカに立ち遅れていることを問題視するとか考えるべきことが一杯あると思いますけどね.

 

本作の醍醐味は徹頭徹尾貫かれる「科学精神」にある

本作の魅力ですが,1サイエンティストの端くれの自分としては本作の「科学精神」に痺れました.

まず主人公のマーク・ワトニー,彼は一人になった火星で宣言します「地球の科学力を見せてやる」.このステートメントは彼自身が科学者であること,彼自身の強靭な精神,ポジティブな姿勢を表現していると同時に「この作品は気合や根性といった精神論ではなく,純粋に科学の手法を用いて解決します」という作品の姿勢の提示にもなっています.

そして実際に彼は「科学的手法」を用いて問題の1つ1つを解決していきます.その表れの1つが「徹底的な数字表現」です.彼は初めに,残っている食料の確認,次の探査船が火星にやってくるまでの時間の確認を始めるのですが,全てについて具体的な数字が表され,それは作品の最後まで貫かれています.この数字が表すものは2つあり1つは「根性論の排除」,もう1つはそれと対極にある「科学的な問題設定」です.数字で表すことによって「気合や根性で乗り切る」という観点を排除し,問題を科学的に捉える役割を果たします.例えば食料が300日分しかないけど次の探査船が来るのが600日後だとしたときに,「食料はないけど気合と根性で絶食すればなんとかなる」とか,もしくは「今あるだけじゃ足りないからどこかにきっとある食料を探しに行く」とかいうのが典型的な根性論です.一方で「科学的な問題設定」というのは300日分の食料の差を「数字」として認識するところから始まります.食事の例だけでなく補給船の開発や打ち上げスケジュール,そして救出に際しての脱出船の質量やランデヴーの相対速度,全てについてこの数字はある種残酷に見える形で彼らの前に,そして私たち観客の前に突き付けられます.そして本作の魅力は,そうして絶望的にさえ見える「埋まらない数字」をどうやって科学的に埋めるかとういうことに尽きるのです.

マークは300日の差をどうやって埋めるか,彼は「300日分の食料を作ろう」と考えます.そしてDASH村的なじゃがいもの火星での栽培が始まるわけです.じゃがいも栽培に必要な水は燃料から電気分解した水素と,酸素を燃やすことによって創出します.ここで描かれるのは科学の「実験精神」です.彼は初め酸素の量を間違えて爆発事故を起こしてしまいます.このシーン自体はかなり笑えるのですが,その後の彼の傷だらけの顔とクタクタになった表情を見るとすっかり笑えなくなります.しかし彼はめげずに「何が問題だったのか」を考え,改善し再度取り組みます.これはまさに科学の実験精神です.

このように,彼は知恵を働かせ,ポジティブに1つ1つの問題を解決していくことによって火星で生き残る方法を確立し,ついには地球との交信手法さえ見つけ出します.

彼のたゆみない努力と知恵,科学的な才覚が集約されたのがパスファインダーによる交信シーンです.彼はかつて火星探査で利用されていたパスファインダー(地球との交信機)を見つけ出し,交信するためにローバー(火星で探査を行うための自動車みたいなもの)をどうやって長距離運転させるか,毎日実験を続けることにより問題点を発見,解決し続けることによりついにパスファインダーまで到達します.しかしパスファインダーというアナクロな機械では1回の交信できる情報に限りがある,しかも時間がかかる.その解決のために彼が利用した「ある方法」は理系なら思わず唸らずにはいられない,非常に美しい手段でした.

 

ところで,このパスファインダーのシーンはマーク自身の視点から見ても十分に素晴らしいのですが,その交信相手であるNASAのメンバーの視点から見てもグッとくるものがあります.

マークが火星に取り残されてから54日目に火星の衛星画像をモニターしていたNASA職員は「異変」に気づきます.ソーラーパネルが砂埃を被っておらず,ローバーが移動している...ここでNASA側は初めてマークが生きていることを認識します.しかし,交信の手段を持たないNASA側はマークの探査車の移動パターンを見続け彼が何をしようとしているか考えます.そしてビンセントはひらめくのです「地図持って来い」と.

火星の地図が手もとにないので(それは流石におかしいと思うが),食堂に掛けられている火星の衛星写真の上からマジックでマークのローバーのルートをなぞるくだりも実験でひらめいたことやプロトコルのメモをキムワイプにあわててメモった経験がある人ならグッとせずにはいられないシーンです.

 

このように,このパスファインダーのシーンはこれまで別々に描かれていたマーク自身の視点,NASA側の視点が初めて「交信」するからこそカタルシスが生まれているのだと思います.

 

このシーンを端緒に,物語はマークの物語からNASAの物語へ,そして世界の科学者たちの物語へシフトしていきます.

連日の徹夜を強いられるNASAの補給船開発メンバー,最適航路の発見に取り組む学生,そして動力の提供をする中国航天局のメンバー,多くの科学者たちは彼一人の生命を救うことに全力を傾けます.この物語の登場人物たちは全て好人物です.ある種悪役的な役割を担う人物もいますが,それだって理由あってのことです.

 

そんな彼らの努力が描かれたからこそ,最後の最後で描かれる1%のファンタジーにも僕は納得できました.

 

マークの楽観的な人柄,善人の天才たちが総力を以って1人の火星人を救出する姿に見終わった後,とても清々しい気持ちになれます.

全理系はもちろん,理系に携わったことがない人にもオススメしたい2016年を代表する名作です.是非劇場で鑑賞してください.

 

 

余談ですが「異星に取り残されたひとりぼっち」と言えば比較せずにはいられないのが小川一水先生の「漂った男」です.

www.amazon.co.jp

方やビッグバジェットのハリウッド超大作が技術と予算を惜しみなく作ったのが「世界が一人の男を救う物語」だとするならば,こちらは一人の日本人作家が描いた「一人の男が世界から見捨てられる物語」だと言えます.

異星に1人で取り残されるという設定から出発した対極にある物語として堪能するのも面白いと思います.

こちらの短編集も「生きるとは何か」考えさせる珠玉の1冊ですので是非お読みください.